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ジェイ・Z(Jay-z)とは誰?ニューヨークのストリートからHipHopの象徴になった人物について紹介!

生い立ち

ジェイ・Z(本名:ショーン・コーリー・カーター 1969年12月4日 生まれ)は、音楽業界において非常に影響力のある人物として知られています。彼は、ヒップホップ音楽の商業的成功とアーティストとしての地位を不動のものにしました。ジェイ・Zは、ニューヨークのブルックリンのマーシー・ハウジング・プロジェクトで育ちました。この困難な環境は、彼の音楽とキャリアに深い影響を与え、彼の作品にリアリティと生の感情をもたらしました 。

マーシー・プロジェクトは、貧困や犯罪が頻繁に発生する地域として知られており、ジェイ・Zはこの環境で多くの生の経験をしました。これらの経験は彼の音楽に生きており、彼のリリックの中でしばしば反映されています。彼はこれらの困難を乗り越え、音楽業界で非常に成功したキャリアを築き上げることができました。音楽は彼にとって逃避口であり、彼自身の経験と周囲の現実を表現する手段でした。

1970年代のブルックリンでは、経済格差と大きな社会的問題が顕著でした。この時期、ニューヨーク市全体、特にブルックリンとブロンクスは、製造業の衰退と財政危機により高い失業率と市のサービスの低下を経験していました 。

ジェイ・Zは、父親が家族を去った後、シングルマザーのもとで育ちました。家庭環境の不安定さと経済的な困難は彼に大きな影響を与え、若い頃から自身の道を切り開くために努力を重ねることとなりました。彼は、麻薬取引に手を染めることで生計を立てる一方で、音楽への情熱を失うことはありませんでした。

キャリア

ジェイ・Zがラップを始めたきっかけは、彼の母が彼に与えたブームボックスで、このギフトが彼の音楽キャリアの始まりとなりました。彼は若い頃からフリースタイルでのラップを始め、地元の才能として評価を受け始めました。

↑ブームボックス

ジェイ・Zが本格的に音楽業界に進出しようとした際、彼はレコード会社から契約を得るのが非常に困難であることを経験しました。
多くのレーベルが彼のスタイルや表現に興味を示さなかったため、彼は自分の道を自分で切り開く決断をしました。この経験から、1995年にダメオン・ダッシュ、カリーフ・”カーリーン”・バークと共に自分たちのレーベル「ロッカフェラ・レコード」を設立しました。この独立したレーベルを通じて、彼は自身のデビューアルバム『Reasonable Doubt』を1996年にリリースしました。このアルバムは商業的にも批評家からも高評価を受け、ジェイ・Zの音楽キャリアの基盤を築くことに成功しました。
YeことKanye westもこのレコードに所属していました。

ジェイ・Zのこのような背景と決断は、彼が音楽業界で独自の地位を築く上で非常に重要な役割を果たしました。自分のレーベルを持つことで、彼は自身の音楽とキャリアの全ての側面をコントロールすることができ、その後の成功へとつながっていきました。

  1. Vol. 2… Hard Knock Life (1998)
    このアルバムはジェイ・Zにとって商業的に大きな成功をもたらしました。「Hard Knock Life (Ghetto Anthem)」は特に有名で、ブロードウェイミュージカル『アニー』のサンプルを使用したことで話題となりました。
    この後のVol. 3… Life and Times of S. Carterでさらにこのフリースタイルを貫いたスタイルが世間の目にとどまり注目を集めます。
  2. The Blueprint (2001)
    「The Blueprint」は批評家から絶賛され、ヒップホップのクラシックアルバムと見なされています。特に「Izzo (H.O.V.A.)」や「Renegade」(エミネムをフィーチャー)などの曲が高く評価されました。
    ↑このころからYeがプロデューサーとして参加もしていますね。
  3. The Black Album (2003)
    ジェイ・Zが一時的な引退を発表する前のアルバムで、「Dirt Off Your Shoulder」や「99 Problems」といったヒット曲を含んでいます。このアルバムもまた、彼のキャリアの中で重要な位置を占めています。
  4. American Gangster (2007)
    このアルバムはデンゼル・ワシントンが主演した映画『アメリカン・ギャングスター』に触発されて制作されました。「Roc Boys (And the Winner Is)…」や「American Dreamin’」が特に注目されました。
  5. Watch the Throne (2011)(カニエ・ウェストとのコラボレーション)
    カニエ・ウェストとの共同アルバムで、彼らの相乗効果が生み出した「Otis」や「Niggas in Paris」などが大ヒットしました。
  6. 4:44 (2017)
    このアルバムはより個人的で introspective な内容が特徴で、「The Story of O.J.」やタイトルトラック「4:44」が特に評価され、彼の成熟したアーティスティックな視点を示しています。

主に影響を受けた人物

  1. ビッグ・ダディ・ケイン: ジェイ・Zは若い頃にビッグ・ダディ・ケインのバックアップダンサーとして活動していたことがあり、ケインの複雑な韻の構造やフローに影響を受けました。ケインは、ジェイ・Zがステージ上でのパフォーマンス技術を磨く手助けもしました。
  2. スヌープ・ドッグとドクター・ドレー: 1990年代初頭、彼らのアルバム『The Chronic』と『Doggystyle』は、ジェイ・Zにとって音楽制作のアプローチに新たな視点を提供しました。これらのアルバムはヒップホップがメインストリームの音楽として広く受け入れられるきっかけを作り、ジェイ・Z自身の音楽制作にも影響を与えました。
    90sは西海岸(デス・ロウ・レコード)と東海岸(バッド・ボーイ・レコード)でバッチバチにしのぎを削っていましたが、この時期、ジェイ・Zはまだ新進気鋭のアーティストであり、主要な対立の中心にはいませんでしたが、彼は東海岸、特にニューヨークのブルックリン出身のラッパーとして、東海岸ヒップホップの一員と見なされていました。
  3. マーヴィン・ゲイ: ソウルミュージックのレジェンドであるマーヴィン・ゲイの作品は、ジェイ・Zに大きな影響を与えました。ゲイの歌詞には社会的なメッセージが込められており、ジェイ・Z自身も自らの音楽で社会的なテーマに取り組む際にこの影響を反映させています。
  4. 2パックとノトーリアス・B.I.G.: 2パックとビギーは1990年代のヒップホップシーンにおいて最も象徴的なラッパーであり、ジェイ・Zにとっても重要な影響源でした。彼らのストーリーテリングのスタイルと自己表現の力は、ジェイ・Zのリリックに深い影響を与えました。

    ↑一番かっこいい

これらのアーティストたちは、ジェイ・Zが音楽という形で自己表現を行う上での基礎を形成しました。また、彼らの成功と挑戦は、ジェイ・Zが自身のキャリアを築く上でのロードマップとなり、彼が世界的なスーパースターへと成長するためのインスピレーションを提供しました。

受賞歴

ジェイ・Zは音楽業界において著しい成功と認識を得ており、多数の賞を受賞しています。彼の主な受賞歴は以下の通りです:

  1. グラミー賞: ジェイ・Zは24回のグラミー賞を受賞しており、これはラッパーとしては最も多い記録の一つです。彼は88回ノミネートされており、これもまた記録的な数です 。
  2. ソングライターズ・ホール・オブ・フェーム: 2017年にジェイ・Zはソングライターズ・ホール・オブ・フェーム入りを果たしました。これはラッパーとしては初の快挙です 。
  3. ロックンロール・ホール・オブ・フェーム: 2021年には、ロックンロール・ホール・オブ・フェームにも選出されました。これもラッパーとしては画期的な成果です 。

彼のアルバム『Vol. 2… Hard Knock Life』はグラミー賞の最優秀ラップアルバムを受賞し、『The Blueprint』や『The Black Album』などのアルバムも批評家から高く評価されています。これらのアルバムは「ローリング・ストーン誌のオールタイム・グレイテスト・アルバム500」にも選ばれています。

 

来日

過去には来日経験もあるjay-zは2010年のサマソニに参加しています。

しかしイベントというイベントはこのくらいしか行われておらず、たまにお忍び来日する程度のようです。

彼のスタイルと音楽は、グローバルなヒップホップカルチャーの一環として、日本のアーティストやリスナーにも影響を与えています。

個人生活

ファッションにおいても、ジェイ・Zが共同設立者の一人である「Rocawear」というブランドがあり、このブランドは日本を含む世界各国で販売されています。このように、彼のファッションセンスもまた、国際的なファッション業界、特にアーバンスタイルが好まれる層に影響を与えています。

ジェイ・Zとビヨンセの関係は、2000年代初頭に始まり、現在に至るまでの長い期間にわたり、二人は強固なパートナーシップを築いています。二人は2001年にデートを始め、友情から始まった関係が深まり、2008年4月4日に結婚しました。このカップルは、音楽業界のパワーカップルとして知られ、多くの共同プロジェクトを行っています。

ジェイ・Zとビヨンセは、お互いの音楽において度々言及し合うことが多く、「Crazy in Love」や「Drunk in Love」などのデュエット曲で大きな成功を収めています。また、2018年には共同アルバム『Everything Is Love』をリリースし、このアルバムはグラミー賞を受賞しました。その後も、二人は「On the Run II Tour」などのツアーを共に行い、その絆をファンに示しています。

個人的な試練を乗り越え、特にジェイ・Zの不倫がメディアに露見した後も、二人の関係は更に成熟し、ビヨンセはアルバム『Lemonade』でこれを表現しています。ジェイ・Zもまた、アルバム『4:44』で自身の過ちを認め、彼らの関係の修復と成長について述べています。

このように、ジェイ・Zとビヨンセは互いに深い影響を与え合い、個々のアーティストとしてだけでなく、一組のカップルとしても音楽業界で重要な足跡を残しています。

今はレジェンドとして音楽活動を活発に行っている印象はありませんが、いつかまた日本でお目にかかれる日が来るといいですね!

最後はお気に入りの曲でお別れです~